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こんこん録

きつねが覚えたての日本語で書いてます。睦奥宗光の『蹇々録』をもじりましたが、特に外交論などを書く予定はありません。

2015年

気づけばこのブログを更新しないまま半年が過ぎてしまい、はや新年である。

去年の夏以降は仕事に関係のない本もあまり読まず、文化的な体験もあまりせず、日々の業務にただ忙殺されていた。それが奏功してかつまらない思索に耽るようなことも少なかった。このブログは私のつまらない思索を文章化したものであるから、その機会がなかったゆえに更新頻度が下がったとも言えよう。

今朝はベッドで小津の『大人の見る絵本 生まれてはみたけれど』を鑑賞していた。この作品を観るのはこれで3度目となるが、YouTubeに上がっているものをiPhoneのこんな小さな画面で観るのは初めてだった。動画には英語の字幕が付いていた。「偉くなる/偉くなんかない」という台詞がbe somebody/nobodyと訳されていた。日本語の「何者かになる」「何者にもなれない」という表現はもしかしたら英語経由で輸入された言葉なのかもしれない、とふと思うなどした。私は何者にもなれないまま歳をとっていくのだろう。しかし私が歳をとったあとの世の中は果たして、何者でもない者がのうのうと生きていられる環境なのだろうか。