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こんこん録

きつねが覚えたての日本語で書いてます。睦奥宗光の『蹇々録』をもじりましたが、特に外交論などを書く予定はありません。

昭和の映画と唄

突然だが、映画の中で登場人物が唄をうたうシーンが好きである。なぜわざわざ「唄」と書いたかというと、日本の俗謡や民謡をうたう際にはこの漢字の方がしっくりくるような気がしたためだが、特に深い意味はない。

 

有名なところで言うと、黒澤の映画『生きる』で、志村喬演じる主人公がブランコをこぎながら「ゴンドラの唄」を口ずさむシーンは非常に印象的で、観る者の心を打つ。男声、女声ともに様々な歌手がこの歌の録音を残しており、美空ひばりもその一人である。

私はこの「ゴンドラの唄」を聴くと、戦前のドイツのトーキー映画『会議は踊る』でヒロインが歌った「唯一度(das gibt' nur einmal)」を思い出す。この二つの歌には類似性も相違点も多いので、あながち同一視するつもりもないのだが。

 

さて、その「唄うシーン」の中でも、私がもっとも好きなのはこちらである。

 


のぞきカラクリの唄 映画「長屋紳士録」より 歌:笠 智衆 - YouTube

 

笠さん、良い声だなあ。

小津の戦後初の作品である『長屋紳士録』は、長屋の住人である田代さん(笠智衆)が、親のいない男の子を不憫に思い、連れ帰ってくるところから物語が始まる。みな面倒がり、自分のところでは預かれないと言って互いに子供を押し付けあうが、ついに子供嫌いの中年女性おたね(飯田蝶子)が子供をしぶしぶ泊める羽目になった。最初は疎ましく思っていたおたねだったが、子供と共に暮らしてゆくうち、徐々に態度も軟化してゆく。いつしかおたねは、その子を愛するようになるのだった…というお話。

この「のぞきカラクリの唄」は、宴会で皆にせがまれて笠智衆が歌うのだが、長屋の住人たちが箸で茶碗を叩いて拍子を取るのも愉快で、黙って見ていた住人の息子がつられて自分もリズムを取りはじめてしまうのもかわいらしい。そういえば、笠智衆は『彼岸花』でも、同窓会のシーンで同じように皆に頼まれて詩吟をやってみせていた。派手な歌声ではないけれども、映画に華を添える素晴らしい声だと思う。

 

小津作品の「うたうシーン」といえば、『淑女は何を忘れたか』で、突貫小僧らが、渡辺はま子の「とんがらかっちゃ駄目よ」を速いテンポで歌いながら地球儀をまわす遊びをしていた場面も面白い。


とんがらかっちゃ駄目よ 渡辺はま子 - YouTube

渡辺はま子は「忘れちゃイヤよ」の「ねえ」の歌い方がエロチックに過ぎるという理由でレコードが発禁処分を受けるという憂き目を見ているが、彼女は早稲田大学野球部の応援をすべく歌ったこともあり、そのときはそのエロチックな歌い方が学生に大ウケしたのだそうだ。そういえば『淑女は〜』でも桑野通子が「早慶戦のときはまた東京に来る。あたし早稲田大好き」と言うシーンがあるなあ。

 

そうそう、木下恵介の『日本の悲劇』で、望月優子がツーレロ節をうたうシーンも好きだ。彼女の役どころは、義弟に土地を騙しとられて一文無しになってしまった二児の母である。温泉街の女中として働くことになった母は、酔った客の前で三味線を弾きながらこの歌をうたう。


ツーレロ節(美ち奴) - YouTube

ツーレロ節にはたくさんの詞があるようだが、劇中で彼女がうたっていたのは「きみと僕とは羽織の紐よ かたく結んで胸に抱く胸に抱く ソレ ツーツーレロレロツーレーロ、ツレラレトレツレトレシャン、ツレラレトレシャン、シャン、シャン」という歌詞だったと記憶している。客に媚態を晒す母親の、愚かで滑稽でおそろしいほどに哀れな姿が思い出される。

 

眠たくてところどころ日本語のおかしな部分があるかもしれないけど、修正するのもおっくうなのでそろそろ寝ることにする。